わたしもKindleのサンプルかなにかでちらっと読んだことがありますが、ロバート・キヨサキはたしかハワイで生まれ育って、友人のお父さんはお金持ちでしたが、彼自身のお父さんは正直者で、しかし貧乏でした...とかなんとか言うエピソードから始まっていました。
町山さんの動画からは、どうやらそんな「金持ち父さん」なんて実在しなかったとか。
ただ、わたしの「このでっち上げ」問題に対する反応は、ちょっとちがいます。まあ、アメリカに住んでいて、ほぼ強制的に投資させられ、しかもそれがすべてパーになってしまった経験がないからなのですが。いや、もしそんなことを強制するような国なら、そこに留まろうとは思わないという志向を持っているからなのですが。
キヨサキ氏の幼少期に、実際には「金持ち父さん」なんて存在していなかったとしたら、むしろもっとスゴイなぁと思うのです。いったいどこからそんな着想を得たのだろうか? これは「投資」の話ではないのです。わたしは映画や小説などの「虚構の世界」をかなり楽しんできました。 とくにファンタジーものなどは、いったいこの作者はどういう思考回路を持っているのだろうと不思議に思い、そしてその荒唐無稽さにむしろ感動を覚えるのです。
「資本主義社会」では、より多くの人々の「欲求」(需要なんて語もよく使われますよね)を満たすことで、より大きな報酬を得るという世界です。
ファストフード店やピザ屋さんなんかは、高カロリーな「食欲」を満たすことで利益を得るわけですが、もし、あまりにそれが「中毒性が高い」と、お客さんは肥満やら心臓病やら、さまざまなリスクを抱えることになります。武田先生は「タバコはむしろ長生きできる」と主張しているので、話がややこしいですが、かりにタバコは健康に悪いとしたら、タバコ会社もまた、人々の健康を害することで利益を得ているわけです。ほかにももっとたくさんの例を挙げられますが、おおむね要点は伝わったと思います。
最近ようやくわたしは、ちょくちょくフェイスブックをスライドしながら、いろんな人の投稿に目を通すようになったのですが、ネットの世界というのは「匿名性」の影響で、人々はよりあからさまに心の奥底にある欲望を曝け出すところが面白いですね。
「楽して儲けたい」「今やっているリアルなビジネスで疲弊するくらいなら、金を転がして儲けるほうがいい」という欲望もよく見かけますし、また「とにかくなんでもいいから大金持ちになりたい」という極めて短絡的な願望も非常によく見かけます。
たまに職人さんとか、スポーツ選手がひたむきに頑張っている姿を見て、いくらか勇気づけられたりしてはいるものの、到底自分にはそれだけの才能もないし、やり抜く根性もないのは、社会人を数年経験すれば、無意識レベルで逆らいがたい認識となってきます。
そんなところに、雄弁に「投資するのが賢いのですよ」と語ってくれる人間がいるなら、それは世界中で2600万部の書籍が売れるだけの影響力を持つのもうなずけます。
そして、アメリカの政治家の多くがその考えに乗っかったというのも、むしろ自然な流れのようにわたしには思われるのです。
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